ガイシャの不思議 フランス自動車考
from Readers from さくらのじいや in 大阪

 はじめまして。 大阪の近郊に住む30代半ばの妻帯者で、'96 Volkswagen Passat Variant GLという ちょっとマイナーなドイツ車を所有しております。 客観的な叙述・観察のなかに貴殿の主観がちりばめられている、わかりやすい記述が魅力だと思っております。

 さて私事で申し訳ありませんが数年前、仕事の都合で半年ほどパリに滞在したことがあります。それまではフランス車=社会不適合車(失礼)というイメージを抱いておりましたが、かの地での活躍を見て、フランス的な活用方法、フランス的な考え方を念頭におけば十分実用的な機械であると認識しました。
 貴殿の「ガイシャの不思議」にマフラーの吹き出し口形状への配慮が書かれており ましたが、まことにその通りだと思います。 パフォーマンスを後続車に見せつけるため、あるいは「改造したんだ」 という事を 他人に知らしめるために目立たせたマフラーを見るにつけ、欧州諸国に自動車文化に一日の長を、我が国のこの手の文化の浅はかさを認めざるを得ません。

 このように欧州の実用車にはなんとも言えない魅力があると思います。 ドンガラが大きく、長距離をドライブしても疲れない欧州車は我が夫婦には欠かせないので次の愛車にはシトロエンのXantia、Xmあたりを候補のひとつに考えています。妻の説得が課題になりそうですが。


 大阪にお住まいのさくらのじいやさんから、こういうお便りを頂き、フランスはおろかヨーロッパにさえ行ったことのない私は、私の考えるガイシャの不思議があながち間違いでもなさそうだと、意を強くしたのでありました。(^^)
 そこで、無理を言ってフランスでの自動車事情をお聞かせ願うことになったのです。以下は、後日頂いたお便りです。大変詳しいレポート、どうもありがとうございました!

by TOS


私のフランス車考

さくらのじいや

(これは1997年春〜夏の半年間、フランスに滞在した時に感じた私的な印象 ・見解です)

 6月に入って上着がいらないような日がやってくると、パリの雰囲気が変わります。 職場では今年のバカンスの事が話題になり、なんとなく落ち着きません。 ビジネスの世界でも「担当者と上司がバカンスに入るのでお返事は9月以降になり ますが…」との返答を聞くことも増えてきます。
 週末ともなればパリから北に延びるオートルート1号線、南に向かうオートルート6号線、それらを結ぶ環状道路(ペリフェリーク)にはルーフキャリア に荷物を満載した車、リヤハッチに荷物を詰め込み、お尻を下げて走っている車、トレーラーを引いた車が明らかに増加します。
 7月になるとシャンゼリゼ界隈に駐車する観光バスの数と反比例するかのように街中を走るクルマが減り、TVのニュースが「バカンス客のクルマで6号線が渋滞している」とか「景気の停滞にもかかわらず、平均的フランス人のバカンス休暇取得日数は変わらない」などと煽り立てます。

 フランスはバカンスの国。 トランク、ルーフに荷物を満載して、何週間ものバカンスに出かけます。 こんな時にタイヤがパンクすると大変ですね。せっかく上手に詰め込んだトランクの荷物を全部おろしてスペアタイヤを出さねばならないでしょ。でもフランス車なら大丈夫(な事が多い)。スペアタイヤは外付けですから

 フランスには小型車が多いんです。特に地方都市ほど。経済的な理由、駐車場所の問題、旧市街地の狭さなどもあるでしょうが、日常生活の大半 は小さなクルマで事足りるはずです。そしてたとえ60ps程度のエンジンを載せたクルマでも全開にすれば150km/h近いスピードが出ます。
 フランス人にとって自動車は移動・運搬のための道具。自動車に「自己 のアイデン ティティ」とか「社会的なステータス」を求めるオーナーは我が国より も少ないよ うです。
 ディーゼル車も結構普及しています。ディーゼルには優遇税制が適用さ れるようです。比較的新しい中・大型乗用車(Peugeot 406, Citroen Xantiaなど)ほどディーゼル車占有率が増えているようです。
 それにAT車はほとんど走っていません。奥方が運転するために Peugeot 405の AT車を中古で購入された方がいましたが、探すのに相当苦労されたよ うです。

 フランスの高速道路の速度制限は130km/h。でも、追い越し車線は150〜180km/hで流れています。 橋梁や高架部分が少ないので、日本の高速道路のような段差は少ないものの、フ ラットで手入れの行き届いた路面とは言い難い。舗装表面が劣化して剥離していたり、(おそらく走行車線以外を走ったトラックなどによって)路肩部分の土砂が車線に持ち込まれて路面が汚れていたりすることがあります。(政府への抗議行動で 農民が腐ったトマトをぶちまけるとか、道路に牛を放すなどのケースは言及しません)。
 隣国ドイツは速度無制限のアウトバーンを持つ国として知られていましたが、近年 、環境意識の高まりにより速度制限が敷かれるようになり、都市近郊では110km/hに規制されている区間もあります。それにドイツ人はマジメで規則をよく守りますか ら、速度制限区間ではきちんとスピードを落とします。
 一方、フランスには130km/hの速度制限がありますが、皆平気な顔で180km/h程度の巡航を楽しんでいます。ですからフランスにおける高速道路交通の平均速度は相当高く、ドイツに匹敵するのではないかと言われています。

 フランスの夏は短い。そして気温は30度を越えるものの湿度が低いので過ごしやすいのです。 家庭用の冷暖房エアコンという代物はほとんど普及していません。というよりは石造りで断熱性が優れた構造のアパルトマンに住んでいると冷房が欲しいとは思いません。直射日光を防ぐ鎧戸とわずかばかりの風があれば十分快適に過ごせます。 このような環境なのでフランス車にもエアコンは普及していません。で も、90年代中頃の猛暑以降、徐々にカーエアコンの普及率が上がってきているよ うですね。

 フランスのドライバーはアグレッシブ。日本でも比較的交通マナーの悪 い大阪で生活している私が言うのだから間違いありません。
 (1)信号待ち
   青信号に変わったのを見逃すとか、発進にもたついていると、親切に も後ろの車 がツンツンと押してくれます。 信号が変わってもなかなか発進しない車を後続の4駆のおにいさんが盛大に押しているのを見たことがあります。もちろん押されたRenault Twingoのハッチはへこんでしまいました。運転していたお姉さんはベソをかきながら抗議していたが、おにいさんが「モタモタしているオマエが悪いんだよ」という態度を崩さないので、あきらめて走り去りました。

 (2)右方車優先
   パリのロータリーは「侵入車優先」です。自分の右側にいる車に優先権がある、ということです。したがって躊躇しているといつまでもロータリーから抜け出せません。タイミングを見計らって外へ外へと出ていかないとだめなんです。それでも目の前を車がカッ飛んでいく。コツは相手のドライバーと目を合わさないことらしい。目が合うと「あっ、アイツはこっちの事を認識したぞ。だったらそのまま行ってしまえ」と考えるからだそうです。

 (3)路上駐車
   バンパーで他車を押しながら路上駐車するという光景は日常茶飯事。でもこの方法、慣れれば非常に楽チンです。ぶつからないように気を使いながらクルマを前後させる必要がないし、(ぶつか って)止まったらそれ以上進まないんですから。もし買い物から帰ってきた時、前後の車が隙間無く止めていても大丈夫。自分の車が壊れない程度の力でじわじわと押せば脱出できます。お互いさまです。だから、バンパーがちゃちな車はパリでは生きていけない。バンパー 位置が低いイギリスのMINIは、ライト類破損防止のエクステンションガードをつけていました。

 (4)追い越し
    一般国道には110km/h(片側2車線)、90km/h(片側1車線)の速度制限があります 。しかし現実にはそれぞれ+20km/h程度で流れています。しかし田舎の国道を110km/h程度で流していると、対向車線にはみ出 しながら追い越していく車があとを絶ちません。しかも対向車有無をさほど確認する様子もなく。突然現れた対向車に驚いて急に元の車線へ戻ってくる場合もありますので、追い越される方もそれなりの注意が必要です。

 国籍標識を貼ったフランスのクルマは少ないです。陸続きの欧州では、クルマで国境を越えることができますので、国籍標識を貼ったク ルマが多いのですが、パリあたりでは自国の国籍標識を貼った車が、ドイ ツやスイスの諸都市と比べて少ないような印象でした。
 とあるTV番組で「フランス人は自国が世界で一番だと思っている。だから彼らはバカンスで他国へ行く必要はないと考え、国外へ出ることは少ない。そしてフランスのクルマ、フランスのワインが世界で最高のものだと信じている」と言っていました。なるほど、これもフランス人の「フランス至上主義」の所以か?

 フランス車はよく故障します。これは洋の東西を問わないようですね。パリ市内とシャルル・ド・ゴール空港を結ぶ高速道路1号線は交通量が多いので、普段から渋滞が発生しがちですが、雨の日は特にひどかったと思います(たまたま 筆者がひどい渋滞に遭遇した日に雨天が多かったからかもしれませんが)。そのような時、路肩に止まっているCITROEN BXやPEUGEOT 205という、ちょっと古いフランス車のなんと多かったことか。おそらく電気系のトラブル(雨の日はワイパーやデフォッガーを多用するので電力消費が多く、バッテリーをあげちゃったとか、電装系が水をかぶってト ラブったとか、かな?)か、渋滞でオーバーヒートしたのだろうと想像しますが、これらの故障車が渋滞に拍車をかけ、どんどんひどい渋滞に発展していくようでした。

 フランス車は燃えやすい。なぜかすぐに発火します。半年間の滞在中に私は1台、妻は2台、路上で燃えている車を見ました。車が燃える?ガソリンを積んでいるのですから不思議なことじゃないでしょう?たまたま、燃える日本車が少ないだけじゃないの?

 確かに国産車ほどの信頼性はないでしょう。リヤウィンドウが落ちたり、渋滞でオーバーヒートするかもしれません。でも、高温多湿、強い日射、しかもアスファルトからの照り返しと周りのクルマの排熱という条件下でゴー・ストップを繰り返す。さらにそのような状況下でエアコンを使うなんて事は想定されていな くても当然 じゃないか、と納得できるほど日本とフランスでは気象・環境条件が違う んじゃないでしょうか。
 フランスから帰ってきて「それがどーした。機械だから壊れて当然じゃ ん」「こん な厳しい条件で使うんだから、トラブルが出てもおかしくないよな」と 思えるようになりました。 「でも、国産車なら故障も少ないし、夏場の渋滞でもエアコンが使えるよ」とおっ しゃる方もおられるでしょう。それは国産車がたまたま日本の道路状況 ・使用状況に特化されているからでしょう。
 逆にこの国で生まれたクルマのどれ程が、最高速付近の燃費が良いとか、定員乗車+荷物満載でも安定した高速走行ができるとか、1日に何百キロも高速走行した場合の疲労が少ないという点で、フラン ス車に太刀 打ちできるのか疑問です。
 フランス車はドイツ車ほど国外に輸出されていません。特にアメリカ市 場にはほとんど進出していません。したがって今はやりのグローバルスタンダード じゃない、非常にフランス&欧州ドメスティックな香りが強いクルマじゃないで しょうか。だからフランス車は魅力的なのだと思います。


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